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2017.10.07 Saturday

英国大使館別荘 〜絵に描いたような風景〜

 

 

 

CATEGORY:Architecture

英国大使館別荘(1896年)設計者:不明 施主:アーネスト・サトウ

 

2017年も暦は10月、奥日光はすでに初秋の装い。

今回、中禅寺湖畔の南岸に建つ「英国大使館別荘」を訪れた。

ここは、旧イタリア大使館別荘をはじめ、現役のフランス大使館別荘、ベルギー大使館別荘が建つ、いわば国際避暑地のエリアだ。

その中でも英国大使館別荘は、現存する外交官別荘として最も古い歴史がある。

2年前に旧イタリア大使館別荘を訪れた際は、建物を復元中で立ち入ることができなかった。

 

建物の歴史

1896(明治29)年、当時駐日英国公使であったアーネスト・サトウの個人別荘として創建。

その後、サトウの離日に際し、後任の英国公使に譲り渡され、

増改築を繰り返しながら2008(平成20)年まで英国大使館別荘として使用された。

2010(平成22)年に栃木県へ寄贈され、2016(平成28)年に一般公開となった。

 

復元された建物は、明治期のアーネスト・サトウの別荘の姿に戻すことが基本のようだが、

特徴的な押縁下見板張りの外部仕上げが黒色になったのは戦後の頃だという。

レーモンド設計の旧イタリア大使館別荘と違い、建物の価値より英国文化に触れ、学ぶ価値があると考えたい。

しかし、湖岸の石積み(当初3段だったが現在は補強により4段構造)については驚きで、

サトウの日記などから鹿鳴館や旧東京帝室博物館本館、ニコライ堂の設計者として知られる

ジョサイア・コンドルによって設置されたものと判明している。

残念ながら湖岸の石積みのところは立ち入り禁止で撮影できなかった。

 

最後に英国大使館別荘は、なんといっても広縁からの眺め、まさに「絵に描いたような風景」

もうあと少し、紅葉の時期であったら、なお一層素晴らしかったかもしれない・・・

 

 

 

撮影:2017/10/01 NikonD700


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2017.07.27 Thursday

JIYUGAKUEN MYONICHIKAN ROSECOLOR!

 

CATEGORY Organic Architecture

自由学園・明日館(1921年・1925年・1927年)設計:フランク・ロイド・ライト/遠藤新

 

5月 バラが咲く明日館

ピエール・ド・ロンサールの花言葉「愛を誓います」

 

事情が変わればおのれも変わるような愛、

相手が心を移せばおのれも心を移そうとする愛、

そんな愛は愛ではない。

愛は嵐を見つめながら、揺るぎもせず、

いつまでも、しっかりと立ち続ける燈台なのだ。

(シェイクスピア ソネット第116番より)

 

愛とは、無償の奉仕。

あらためて、そうありたい。

 

 

さて、講堂の耐震補強工事もあともう少し。

この夏にお披露目とのこと。

 

撮影:2017/05/12 RICOH GR DIGITAL


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2017.07.26 Wednesday

自由学園 幼児生活団 〜無言の役割〜

 

CATEGORY Organic Architecture

自由学園 幼児生活団(1967年)設計:遠藤楽

 

自由学園南沢キャンパス校門に入る手前に幼児生活団の建物がある。

 

建物は、敷地や部屋それぞれの機能を考慮した特徴ある亀甲型。

また、構造上の工夫として基礎コンクリートが窓下まで上げてある。

 

設計した遠藤楽は次のように語っている。

「中二階を含む一つの大きな空間は子供たちが伸び伸びとできる」

「驚くべき吸収力をもつこの時期の子供たちの道徳以前のもの 

 −感受性−を豊かに育てるための無言の役割を果たしてくれればと願っている」

 

同じく遠藤楽が1972年に設計した片瀬山幼稚園(神奈川県藤沢市、すでに閉園)が、2017年3月取り壊された。

都合で最後の見学会に参加出来なかったが、園舎が長きにわたり無言の役割を果たしたに違いないと思う。

 

参考文献

建築文化(1967年10月号)

楽しく建てる −建築家 遠藤楽作品集−

 

撮影:2016/11/20 NikonD700


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2017.07.23 Sunday

自由学園 南沢キャンパス 〜建物が真と美とを具備すること〜

 

CATEGORY Organic Architecture

自由学園 南沢キャンパス(1929年〜1981年)設計:遠藤新/遠藤楽

 

2016年11月19日・20日の2日間、自由学園 南沢キャンパスにて4年に一度の美術工芸展が開催された。

遠藤新や遠藤楽設計の校舎を見学できる機会でもあり、足を運んだ。

 

自由学園創立当初のキャンパスは、F・L・ライトが手掛けた現在の「明日館」(東京都豊島区西池袋)であるが、

やがて学園の発展に伴い敷地が手狭となり、昭和の初め頃から順次南沢キャンパス(東京都東久留米市学園町)に移転した。

3万坪に近い南沢キャンパスは遠藤新の手により総合的に計画され、新の没後は息子である遠藤楽が校舎の新築、改築に携わった。

新の学校建築のビジョンは「環境としての学校を考えるべきである」だったという。

それはF・L・ライトが自由学園に寄せた一文と重なるものがある。

南沢キャンパスは、新が描く学校建築のあるべき姿を具現化したものであり、集大成であったといえよう。

 

初等部(1929年 設計:遠藤新)

  

 

女子部食堂(1934年 設計:遠藤新)

 

 

女子部講堂(1934年 設計:遠藤新)

 

 

女子部体操館(1934年 設計:遠藤新)

  

 

男子部体操館(1936年 設計:遠藤新)

  

 

記念図書館(1966年 設計:遠藤楽)

  

 

創立六十周年記念講堂(1981年 設計:遠藤楽)

 

 

撮影:2016/11/20 Nikon D700


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2016.09.19 Monday

駅舎「足尾駅」 〜すずちゃんが見送るホーム〜

 

 

 

CATEGORY Railway staition Architecture

わたらせ渓谷鐡道 足尾駅(1912年開業)

 

2016年9月11日 群馬県桐生駅から栃木県間藤駅を結ぶ「わたらせ渓谷鐡道」沿線を小旅行した。

途中、神戸駅からトロッコわたらせ渓谷号に乗車、長いトンネルを抜けて美しい渓谷の風景を堪能、

そして、終着駅の「足尾駅」で下車した。

 

足尾駅は、木造駅舎に二面二線の小さなホームとキハ30系などの車両が構内に保管され、なかなかの寂びれた雰囲気。

最近は、2015年に公開された映画「海街diary」のロケ地として有名。

駅のホームで見送る腹違いの妹すず(広瀬すず)に、綾瀬はるか演じる三姉妹の長女、幸が思わず「鎌倉で一緒に暮らさない」と

声をかける印象的なシーンが撮られた場所だ。

 

私は、駅舎やホームのほか構内に保管されている大好きな気動車(キハ30系)など数十ショットをカメラに収めたが、

ちょっとばかり「海街diary」を思い出せるような感じの写真3枚をここに載せてみた。

 

撮影:2016/09/11 Nikon D700


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2016.09.15 Thursday

木造校舎「旧花輪小学校 記念館」

 

 

 

CATEGORY School Architecture

旧花輪小学校(1931年)設計:大川勇

 

2016年9月11日 群馬県桐生駅と栃木県間藤駅を結ぶ「わたらせ渓谷鐡道」沿線を小旅行した。

そして、この沿線にも素敵な木造校舎があった。

 

群馬県みどり市東町にある「旧花輪小学校」。

1873(明治6)年に開校した歴史ある小学校だ。

現在残る木造校舎は、日本鋼管の創立者であり、卒業生である今泉嘉一郎の寄付により1931年に落成。

設計は、早稲田大学出身の建築士 大川勇で、その生涯で多くの学校の設計に携わったという。

旧花輪小学校は、赤瓦と左右対称のシンメトリーが美しい、大川の代表作といわれる。

2001(平成13)年に廃校となったが、同年に国登録有形文化財の指定を受け、2003(平成15)年、記念館として開館した。

ちなみに「うさぎとかめ」「はなさかじじい」「金太郎」など、数多くの童謡を生んだ作詞家の石原和三郎が卒業生である。

 

実際に見る校舎は、外部の建具がアルミサッシに取り換えられた他は建築当初の姿を残していて、

先述のとおり赤瓦とシンメトリーの美しい造形、さらには屋根上にあるドーマーがアクセントになっている素敵な校舎だ。

廃校前は、正面が運動場だったようだが、現在はそこに幼稚園(保育園?)が建ち、

この素敵な木造校舎を正面から撮影できないのが非常に残念だった。

 

内部は、展示室や資料室となっていて、管理されている年配の方々(卒業生の方々?)から丁寧に説明をしていただいた。

また、2階の音楽室で年配の男性(元音楽の先生?)がピアノを弾いていらして、

木造校舎に流れる懐かしいメロディーが郷愁を誘った。

久しぶりに訪れた木造校舎、やっぱりいいなと感じたひとときだった。

 

撮影:2016/09/11 Nikon D700


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2016.09.05 Monday

武相荘 再訪

 

 

 

 

CATEGORY Architecture

旧白洲邸 武相荘(1943年)

 

10年振りに「旧白洲邸 武相荘」を訪れた。

 

武相荘の住人は、白洲次郎と妻の正子(だった)。

正子(1910〜1998)は、随筆家であり、また骨董収集家であった。

一方、次郎(1902〜1985)は、実業家というのが正しいだろうか、戦後、連合国軍占領下で吉田茂の側近として活躍したが、

どちらかというと妻(正子)のほうが著名であった。

しかし、近年は書籍やドラマなどの影響で次郎の生き方や名言が恰好いい男の代名詞となり、次郎の知名度と人気が急上昇した。

私が白洲次郎を知ったのは、30年近く前。

自動車雑誌NAVIに連載された「隠された昭和史の巨人・白洲次郎伝説〜日本国憲法とベントレー」を

読んだことがきっかけで、以来、彼に関する書籍を読み漁り、リスペクトする人物のひとりとなった。

多少脚色されているとはいえ、彼そのものと彼の生き方が恰好いい。

人として、男として、仕事を任された立場として、彼のようにありたいと思わせる。

白洲夫妻に関するこれ以上のことは、数ある書籍に任せることとし、「武相荘」のことについて少し触れておきたい。

 

武相荘は、太平洋戦争開戦2年後の1943年(昭和18)年、次郎41歳の時、

留学時に学んだ英国貴族の暮らし方から仕事を退いた「隠居」生活と戦争の行く末を案じた「疎開」生活をおくる

「カントリー・ジェントルマン」となるための住処であった。

場所は、神奈川県の鶴川村能ヶ谷(現:東京都町田市能ヶ谷)、長閑な農村で安全な田園生活をおくりながらも、

首都東京からそう遠くないこの地は “カントリー・ジェントルマン” にとって好都合だった。

物件としては、傷んだ農家だったが、山を背に小高い丘の上にある南向きの家屋とともに、竹藪や栗林のある大きな庭、

千五百坪の水田、九百坪の畑など、とても気に入ったという。

また、元々、門はなかったが、40年ほど前、近隣が住宅地として開発されたことから、門が必要となり、

芝高輪のある屋敷の門を白洲夫妻が気に入り、移築したものだという。

米松材を使用した昭和初期の長屋門は、茅葺屋根の母屋へ向かう動線にぴったりで、まるで最初からここに在ったような雰囲気だ。

 

以前、敷地内は、良くも悪くも手付かずなところがあったが、昨年、駐車場や散策路が整備され、

また、母屋は、よりミュージアム的になって、『住処』を感じられなくなってしまったのが、少しばかり残念だ。

 

10年振りの武相荘、ファインダーを覗きながら、

変わるもの、変わらないものを再考したひとときだった。

 

撮影:2016/06/18 NIkon D700


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2016.07.31 Sunday

Now&Then Photos 〜君に逢いたい〜

 

CATEGORY:Extra Edition

 

Extra Editionとして建築以外のPhoto&Essayとさせていただきます。

 

昨年12月、親父の三回忌法要を行った。

親父が逝って2年、今になって、聞いておけばよかったと思うことが結構ある。

 

若い頃、カメラに凝っていた親父。

姉と私、そして新幹線を写した写真が残っている。

 

私が6歳になるまで住んでいた家は、東海道新幹線の線路まで徒歩で5分ほどの距離にあったが、いつ撮ったのか?

残念ながら撮影日の記録、記載がなく、私にもかすかな記憶しかない。

東海道新幹線の開業日、1964年10月1日以降だろうか?

開業前に試運転をしていたという記録もあり断定できないが、

写っている私や姉の年恰好や服装、そして車両や線路設備、または風景などから、1964年の開業前後と考えたい。

(1962年 鴨宮〜綾瀬間にモデル線が敷かれ、早い段階で試験運転がなされていたが、上述の判断材料から開業前後と推測する)

 

大好きだった乗り物、夢の超特急、親父が撮ってくれた懐かしい写真・・・私の原風景の『今』を撮りたいと思った。

撮影場所は、かつての家の周辺、写っている風景や設備から絞ることが出来た。

決め手は、き電線接続鉄構が写っていることで、平塚変電所に一番近い第四神田cd(起点から52K733M)というガード周辺と

特定できた。

 

では、Now&Then Photos・・・約50年前のあの日と今を比べてみたい。

 

「き電線接続鉄構と第四神田cdガードが写る線路をバックに」

 

左が1964年、線路をバックに姉と私、そして右は2016年。

私の後ろに平塚変電所のき電線接続鉄構とガードが写っている、畦道で撮ったスナップだろう。

親父と同じ目線でファインダーを覗くと、野原と畦道だけだった風景は建物が立ち、道も広くはないが舗装されていた。

首から下げた双眼鏡であの日の私が見た景色、感じた興奮。

一眼レフに持ち替えた私が君に逢えた瞬間だった。

 

「第四神田cdガードを通過する新幹線」

 

1964年と2016年。

き電線接続鉄構に加え、敷設トラフがあることで第四神田cdガードと特定できる。

当時と同じアングルではガード前にある個人のお宅がもろに写ってしまうので、反対側(変電所側)から撮影した。

(シャッタースピードは、親父の写真をイメージして1/250秒で撮影)

なお、「むーさんのお出かけ通信BLOG」に、ほぼ同じ場所で撮影された写真が掲載されていて、

1965年撮影の写真では家は無く、1970年撮影の写真では家が写っているので1966〜1970年に建ったのだと思われる。

(参考:むーさんのお出かけ通信BLOG http://mu3rail.blog.so-net.ne.jp/2011-01-07

 

「新幹線と周辺風景」

 

夢の超特急0系が懐かしい。開業当初の0系は12両編成、今はN700系で16両編成。

写真で見るかぎり、周辺の様子はあまり変わっていない。

 

「線路内」

 

親父が撮影した線路内の写真、今なら処罰される行為だが、低いフェンス、1時間に2本程度のダイヤ、長閑な時代だった。

当然『今』の写真は無い。

左)東京方面にレンズを向け、線路の左手に平塚変電所が見える。

右)名古屋方面を望む、野原と畑ばかりだ。

 

撮影:2016/05/15 2016/07/18 Nikon D700


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2016.01.26 Tuesday

旧トレッドソン別邸 〜ロマンチックな週末別荘〜



CATEGORYOrganic Architecture
旧トレッドソン別邸(1931年)設計:アントニン・レーモンド

日光 有機的建築探訪旅行 #3 旧トレッドソン別邸

2015年11月20日 日光へ有機的建築探訪の旅に出た。
前月 軽井沢、高崎を訪れ、アントニン・レーモンド作品を巡ったが、
その流れで日光にあるレーモンド作品を見たくなり探訪することにした。

旧イタリア大使館別荘を見たあと、今度は少しマイナーなレーモンド作品を訪れた。
それは「旧トレッドソン別邸」だ。
レーモンド作品であるが、特筆すべきはこの建物の担当は吉村順三で、彼の作品だと記している資料もある。
23歳だった吉村順三が携わった作品として非常に興味深い。

場所は、輪王寺の寺社境内にあり、ここにはかつて多くの宿坊があったが、
大正期を経て昭和にいたると外国人の居住地(別荘)になったという。
実際に訪ねてみると、周辺は鬱蒼とした杉の林に堅固な石垣があり、
石垣にはさまれた道は苔生し石がごろごろとしていて、宿坊があった当時の姿を残しているようだ。
少し迷ったが、見ればそれがすぐに目的の建物だとわかった。
先に記した杉の林、石垣、苔がそのまま庭となっているその建物は、
軒先近くで勾配を微妙に緩く変えている切妻屋根が独特で美しい。
そして、レーモンド作品集(1935年 城南書院)に掲載されている旧トレッドソン別邸のコメントどおりだと思った。
「ロマンチックな環境に建てられたロマンチックな週末別荘、自由な平面計画と・・・」

旧トレッドソン別邸は、住み手は変わったが現在も住み継がれている一般住居である。
許可なく立ち入り出来ないし、当然、内部の撮影も出来ない。
外観も許可を得て撮影すべきだが、ご不在のようで「ロマンチックな別荘」を遠目からほんの数枚だけ撮らせていただいた。
(石がごろごろとし湧水が流れる斜面で足元がおぼつかず写真がブレてしまった)

撮影:2015/11/20 Nikon D700

参考文献
・住宅建築記事(415),12-17,2009-11 建築資料研究社
 野沢正光「トレッドソン別邸を見るー23歳の吉村順三が担当した別荘」

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2016.01.26 Tuesday

旧イタリア大使館別荘 〜晩秋の桟橋〜



CATEGORYOrganic Architecture
旧イタリア大使館別荘(1928年)設計:アントニン・レーモンド

日光 有機的建築探訪旅行 #2 旧イタリア大使館別荘より桟橋、中禅寺湖を臨む

2015年11月20日 日光へ有機的建築探訪の旅に出て、まず最初に訪れたのは「旧イタリア大使館別荘」だ。
建物については、すでにブログに記したが、ここではロケーションのすばらしさをお伝えしたい。
建物から中禅寺湖畔に砂浜と桟橋が臨まれ、その先に湖水と空が現れる。
別荘として必然的に選ばれた場所なのか、夏の避暑地として格別な景観であることは容易に想像できるが、
晩秋のこの雰囲気も幻想的な景観である。

私の今年の年賀状に使った写真を掲載してみた。

撮影:2015/11/20 Nikon D700

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